2月5日の記事




拙宅には箪笥がある。
祖母の嫁入り道具だという。大正4年生まれ、昭和10年代に結婚したはずだから
80年くらい経っていることになる。

明日は回転寿司に行こうねって話をしたのに、約束を守ってくれなかった。
翌朝逝ってしまった祖母の箪笥。

唐突だが倹約について。
方法はいくつかある。
日々の消費財は低コストのものを選ぶ。食品とか洗剤。
従量課金の消費は必要最低限にする。光熱費、通信費。
この他にもいろいろあると思うが、物を長く使うというのも知恵の一つ。

だが如何せん長持ちするものは自ずと高品質で耐久力のあるものなので、高い。
倹約はしたいがその為には初期投資がかかる。
ここで資金繰りの悪化を防ぐためには大きな出費が必要というジレンマに陥ってしまう。
大きな出費の為には更なる倹約。おかしいなあ、出費をしないための倹約のはずだったが
気が付けば出費の為に倹約している。

ここで嫁入り道具というシステムの登場である。
嫁ぐ愛娘の為に備蓄するのであれば出費の為の倹約を矛盾とは感じない。
できれば一生ものにしたいので可能な限りよいものを、となる。
娘からしたら生活の初期投資を無償提供してもらえる。しかも高耐久品。
こんないいことは無い。
結果、かつては頑丈で高品質な箪笥が嫁入り道具の一つとしてラインナップされたのだろう。
全くの憶測だけど。

一方で、そこまで耐久財に金をかけないという方法もある。
そこそこのものをそこそこの値段で買って、一生は無理だけどほどほど使う。
現代はどちらかというとこの考え方だろう。

理由は二つ。
まず昔に比べ金のかかる必要材が増えた。
冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、給湯器、電話、テレビ、水洗トイレ、風呂。
しかもこれらは10~20年ほどで買替必要なものばかり。箪笥に金なんかかけられない。
もう一つの理由は価値観が多様化して、かつ流行のサイクルが早いこと。
高い箪笥は要らないから銭をくれ、それでそこそこの衣装ケースとその他色々買うから、と。

結果、箪笥の地位は相対的に低くなる。大事にされなくなる。
だから親世代も自分たちも所謂嫁入り道具は少ない。

ここ20年ほどで時代が変わってきた。
人口減少で経済が縮小している。給与は上がらないが年金の支払いは重くなる。
マクロ経済的には消費、投資、各種還元によって富を還流させるべきなのだろうが
世のため人の為に銭を使う程の徳人は多くない。

貯金より投資した方が有利だし経済が回るとは理屈では分かっている。しかしながら
中長期的なインカムを良くするために目先のキャッシュフローを悪化させるなんてこ
とはできない。長い目での収支計算はセンスが無いとができないし、そもそもそんなに
投資に回せるキャッシュがない。
結果的にローリスクローリターンで多くの「内部留保」を持つ事になる。所謂貯金ですね。
自然と生活は倹約するようになる。
一般論であるかのように書いてきたが、その実我が家の事である。

この箪笥に愛着があった。自宅に居たころ普段使いをしていた。
嬉しい事にかみさんも価値を認めてくれた。
それで今の端に床の間を拵えて新居へ置くことにした。見学会に来た人たちは
床の間を仏壇用だと思っただろう。違うのです、箪笥用なのです。

80年間ノーメンテで来ているらしい。
流石にそこらじゅうボロボロである。引っ越し屋さんに運搬してもらう時、以前から
ある傷を多数指摘された。

ずっと使いたい。
だから壊れる前に直すべきだよなあ、漆も塗り直しか。
となると結局倹約できないなあ。

出費と倹約の矛盾を抱えながら今日も洗濯物を仕舞い、新しいズボンを取り出す。
  

Posted by Maktab. at 2017年02月05日21:52